大分地方裁判所 昭和40年(行ウ)2号 判決 1966年8月19日
大分県別府市大字鉄輪六八五番地
原告
鉄輪国際観光有限会社
右代表者代表取締役
山田いと
右訴訟代理人弁護士
太田博太郎
被告
別府税務署長
工藤勲
右指定代理人検事
大道友彦
同
同 高橋正
同
法務事務官 塚田尚徳
同
同 柴田豊
同
大蔵事務官 大塚勲
同
国税訟務官 三浦謙一郎
同
大蔵事務官 笠原貞雄
右当事者間の昭和四〇年(行ウ)第二号課税処分取消請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告の請求はいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告が昭和三九年四月三〇日付でなした。
(一) 支払確定日昭和三七年一二月三一日、受給者山田禎一とする源泉所得税金五二八、五七〇円及び不納付加算税金五二、八〇〇円。
(二) 支払確定日昭和三八年一二月三一日、受給者山田禎一とする源泉所得税金八四七、〇〇〇円及び不納付加算税金八四、七〇〇円。
(三) 昭和三七年三月一日から昭和三八年二月二八日までの間の事業年度分法人税金五七七、五三〇円及び過少申告加算税金二八、八五〇円。
とする各課税処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求原因として、
(一) 原告は肩書住所地にて営業をなす青色申告法人であるが
(1) 被告に対して昭和三七年三月一日から昭和三八年二月二八日までの事業年度における法人税の確定申告として所得金額は欠損三、三三八、八〇六円、法人税額を零とする申告をなした。
(2) 昭和三九年五月二日、被告が右申告に対し同年四月三〇日付をもつて所得金額を金一、七五〇、一三四円に更正処分をなしたうえ請求の趣旨記載の各処分をなした旨の通知を受領した。
(3) 同年五月二九日、熊本国税局長に対し、右処分の審査請求をなしたが同年一二月九日、右請求を棄却する旨の裁決通知書を受領した。
(二) しかしながら前記事業年度における原告の所得金額は原告の申告のとおりであり、被告のなした前記各処分には次のような誤りがあり違法として取消を免れない。すなわち
(1) 原告は前記事業年度中たる昭和三七年四月一七日から翌三八年二月二八日までの間、五回にわけ、愛媛県宇和島市に対し同市立山田保育園の建築資金として金五、〇〇〇、〇〇〇円、同市立祝森小学校に備付のテレビ代金として金六二、〇〇〇円、合計金五、〇六二、〇〇〇円の寄付をなしたものであるが右は法人税法第三七条三項(行為時、法九条三項但書同施行規則八条)に該当する所謂指定寄付金でありしたがつて右金額は法人税の申告上当然原告の損金としての算入を認められているのであるから右金額を損金算入したうえ前記申告をなしたにも拘らず、被告は右損金算入を認めず、前記更正処分をなし、請求の趣旨(三)記載の課税処分をなし
(2) 更に、右寄付行為を原告自身の行為と認めずこれを原告の社員たる訴外山田禎一個人の行為と認定したうえ原告の右寄付金の出捐を同人に対する賞与の支給とみなし、これに対する源泉所得税を納付すべきであるとして請求の趣旨(一)及び(二)各記載の処分をなし
たものである。
と述べ、被告の主張事実に対し
(一)の事実のうち寄付金否認の点を争い、その余は認める。(二)の主張事実は争う。(三)の事実のうち、同族会社である点は認めるが本件の場合は同族会社の行為計算の否認規定を適用すべき場合ではない。
と付陳し、立証として、
甲第一なし第四号証第五号証の一及び二第六号証の一及び二第七号証を各提出し、証人中川千代治、同奥平林太郎、同中畑義秋、同三浦盛明及び同山田禎一の各証言ならびに原告代表者尋問の結果を援用し、乙号各証(但し二、九、一五ないし一七号については原本の存在を含め)の成立を認めた。
被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁ないし主張として、
第(一)項は認める。第(二)項のうち、本件寄付金は原告会社がなした損金算入を認められるべき指定寄付金である旨の主張は否認するも、その余は認める。
(一) 被告が前記更正決定をなしたのは、原告の前記申告に次のとおり申告の誤りを発見したからであり、被告の更正決定は適法なものである。
加算項目中 (1)減価償却の償却超過額 金 二八、二〇〇円
(2)損金計上地方税延滞加算 金 二〇円
(3)寄付金否認 金五、〇六二、〇〇〇円
減算項目中 (4)税金引当金より支出した金額 金 一、二八〇円
(二) 右の寄付金否認の理由は、本件寄付行為が左記事実からみて原告会社の社員たる訴外山田禎一個人がなしたものであるにも拘らず、原告会社はこれを原告会社の指定寄付金であると称してその確定申告において右寄付金額を損金に算入する誤りを犯しているのでこれを否認したものである。
(1) 右山田禎一は、愛媛県字和島市の出身で郷土愛つよく、従来から度々同人名義で同市に対して諸種の寄付をなしていたものであるが、昭和三七年に同市が保育園建設の計画をたて、その資金に困つていることを聞知し、右資金援助の申出をなして金五、〇〇〇、〇〇〇円の寄付をなすに至つたものであり、同市立祝森小学校に対する学校教材用テレビ代金の寄付も亦同様である。
(2) 本件寄付行為の具体的手続をみても、右寄付行為にあたり、字和島市になされた寄付採納願の願出人名義は、いずれの場合も山田禎一名義でなされており、更に、右保育園建設に対する寄付金のうら金三、〇〇〇、〇〇〇円及び右テレビ代金六二、〇〇〇円は伊予銀行松原支店の原告会社の預金口座から支出されているが宇和島市への送金名義は山田禎一名義に変更され、また残余の金二、〇〇〇、〇〇〇円については同人が代表取締役をしている訴外山一観光株式会社が別府信用金庫鉄輪支店から借受け、同人が依頼してこれを小切手化して寄付をしているし、これらの寄付に対する宇和島市より領収書の宛名はいずれも山田禎一となつている。
(3) 宇和島市は右山田禎一の寄付行為を永く記念するため、右保育園の名称を「山田保育園」と名付け、またテレビ寄贈については前記小学校備付けの寄付台帳ならびに学校沿革誌にもそれぞれ右山田禎一が右テレビを寄付した旨登載されており、更に同人は昭和三八年一二月右各寄付行為を原因として褒賞条例に基き紺綬褒賞を受けている。
(三) 仮に、本件寄付が原告会社のなしたものでいわゆる指定寄付金に該当するとしても、本件寄付行為は次の理由により否認されるべき性質のものである。
すなわち、原告は遊園地及び旅館業を営む資本金五〇〇、〇〇〇円にすぎない有限会社であり、代表取締役山田いと、同人の夫たる山田禎一及びその親族四名の社員からなる同族会社であるところ、本件寄付は前項列記の事由によつても窺える如く実質的には右山田禎一個人の寄付たる性格を有するほか、原告会社の規模、利益額、寄付の対象等からみても著しく高額な寄付であり、右会社の営業目的に照すとき、異常且つ非合理的なもので、その営業活動の本旨からはずれるものといわざるを得ない。結局右寄付は山田禎一の個人的事情に基くもので、同族会社以外の法人にあつては容易になしえない行為であり、しかも右寄付は原告会社ならびに右山田禎一の租税負担を軽減する意図でなされたこと明らかであるから法人税法第一三二条第一項(行為時は法三〇条一項)を適用し、右損金算入を否認すべきものである。
(四) 以上いずれの理由によるも、原告会社の本件寄付金の出捐行為は、山田禎一がなすべきものを代つてなしたものであり、実質的には同人に対して右寄付金相当額の経済的利益を与えたものであつて、原告会社のために損金算入をなすべきものではない。しかして山田禎一の受けた右の利益は法人税法上同人の賞与となすべきものであるから、原告会社は右賞与についての所得税法上の源泉徴収義務がある。
と述べ、
立証として乙第一ないし第九号証、第一〇号証の一及び二、第一一ないし二〇号証を提出し、甲第七号証の成立は不知、その余の同号各証の成立を認めると述べた。
理由
一、(1) 青色申告法人たる原告がなした昭和三七年三月一日から昭和三八年二月二八日までの間の事業年度につき所得金額欠損三、三三八、八〇六円法人税額零である旨の青色申告に対し、被告において昭和三九年四月三〇日所得金額を金一、七五〇、一三四円と更正し請求の趣旨記載の各処分をなし、同年五月二日原告に対しその旨の通知をなしたところ、原告は同年同月二九日熊本国税局長に対し、右被告の処分の審査請求の申立をなし、同年一二月九日右請求を棄却する旨の同局長の裁決通知書を受領した事実、及び
(2) 原告の右申告のうち原告が右事業年度中に訴外宇和島市に対し同市立山田保育園の建築資金として金五、〇〇〇、〇〇〇円、同市立祝森小学校のテレビ購入費として金六二、〇〇〇円右合計金五、〇六二、〇〇〇円の寄付をなし、これを所謂指定寄付金に相当するとして、右申告において損金に算入したことに対し、被告においてこの損金算入を否認し、且つ右寄付金の出捐を原告の社員たる訴外山田禎一に対する賞与の支給と認定した事実、はいずれも当事者間に争いはない。
二、ところで、原告の前記申告には加算分として減価償却の償却超過額金二八、二〇〇円及び損金計上地方税延滞加算金二〇円並びに減算分として税金引当金より支出した金額一、二八〇円の申告の誤謬があり、被告はこれに前記寄付金否認分を付加して請求の趣旨記載の各処分なした事実も当事者間に争いない。
そこで右寄付行為は、前記山田禎一個人がなしたもので、原告の寄付でない旨の被告の主たる否認事由につき先ず判断する。
(一) 山田保育園に対する寄付。
(1) 証人中川千代治及び同中畑義秋の各証言を綜合すれば、宇和島市はかねて生活保護世帯を多数抱え、夫婦が共稼できるようその幼児を預る保育園の建設が望まれていたところ、その資金を民間からの寄付に仰ぐこととし、前記山田禎一が同市出身の成功者であり、郷土愛強く、かつて同市に寄付をしたこともある関係から、実弟である愛媛県会議員中畑義秋等を介して寄付を懇請し、右山田においても、同市長初め市関係者ならびに右中畑等から再三の懇請を受け、且つ、寄付金の名義を法人名義にすれば税法上の特典があり、実質的には寄付金全額がその負担となるものではない旨の説明を受けた結果、これを了承し、法人名義で寄付をすること、税金控除の手続については同市が出来るだけ便宜を計ることを条件に同市に対し保育園建築資金として金五、〇〇〇、〇〇〇円の寄付をなすことを承諾したものであり、右交渉の経過をみても同市関係者は寄付依頼の相手方として専ら右山田の個人的な縁故関係に基き個人たる同人の郷土愛に訴えたものであることが認められる。なお、本件寄付の動機に関し、証人山田禎一の証言中、原告の事業宣伝の一環としてなしたものである旨の供述部分があるが、上掲各証言に照らし、且つ寄付金の額、右事業年度における原告の所得額寄付の相手方ならびに目的等に徴し右宣伝目的が主要な動機をなしたものとは認められず、その他右認定を覆すに足る証拠はない。
(2) 次に、本件寄付の手続をみるに、成立に争いのない乙第一号証、第三ないし第九号証、第一〇号証の一及び二、第一一及び一二号証、証人中川千代治、同中畑義秋及び同奥平林太郎の各証言ならびに原告代表者尋問の結果を綜合すれば、(イ)、昭和三七年八月頃宇和島市の係員において右山田禎一に代り山田禎一個人名義の本件の寄付採納願(同年同月一七日付)を作成し、これを右山田に送付している事実、(ロ)、次いで、本件寄付金を四回にわけ送金するに際し、第一回目は昭和三七年一一月一二日、原告の預金口座から金八六〇、〇〇〇円の小切手ならびに原告持合せの現金一四〇、〇〇〇円合計金一、〇〇〇、〇〇〇円を、第二回目は、同年一二月一三日右口座から金一、〇〇〇、〇〇〇円の小切手を、第三回目は昭和三八年一月二八日右口座から金四〇〇、〇〇〇円の小切手ならびに原告所持の現金六〇〇、〇〇〇円合計金一、〇〇〇、〇〇〇円を、第四回目には同年二月二八日右山田禎一が代表取締役をしている訴外山一観光株式会社が訴外別府信用金庫から借入れたものを更に原告が借り入れた金二、〇〇〇、〇〇〇円(該借入金は原告代表者尋問の結果によれば現在依然として原告の右山一観光株式会社に対する債務として存続していることが認められ、右認定に反する証人山田禎一の供述部分は信用できない)の小切手を、いずれも右山田禎一個人の名義によつて電信当座に振り込み、これにより送金されており、他方これら送金に対し宇和島市はいずれも個人たる右山田禎一宛の領収証を四通作成してこれを同人に送付し、更に、本件寄付金の送金完了後たる昭和三八年三月一六日には、同市収入役奥平林太郎名義による収入済証明書(金額五、〇〇〇、〇〇〇円、寄付納入者山由禎一名義)を作成してこれを右山田に送付している事実、及び、(ハ)、右送金を宇和島市において受領した前記中畑義秋は、この金員を同市に持参するに際して単に「別府の兄(即ち右山田禎一)から送金あり」と告げて市の担当者に右金員を交付していた事実を認めることができる。もつとも成立に争いない甲第二号証には本件寄付採納願の申請人として、同じく甲第三号証には寄付納入者としてそれぞれ原告名義が記載されているけれども、成立に争いない甲第一及び四号証、証人中川千代治、同奥平林太郎の各証言ならびに原告代表者尋問の結果によれば、原告は前記事業年度の終了後である昭和三八年三月三〇日に至り原告名義にて新たに前記と同一内容の寄付採納願を宇和島市に提出するとともに、前記領収済証明書の名宛人を原告に訂正するよう申し出をなし同市はこれに応じて昭和三八年六月一〇日改めて右証明書と同一日付、同一内容で且つ原告を名宛人とする領収済証明書を作成して原告に送付したことが認められる上、右の一連の行為は本件寄付を原告の寄付であるとしそれを青色申告において証明するに必要な書類を整備するため、右申告の時期に至り急拠なされたものであることが窺われるので、右甲第二及び三号証は、いずれも本件寄付の主体が原告であるとの証拠とはなし難い。
(3) 更に成立に争いない乙第一三及び一四号証、証人中川千代治、同中畑義秋及び同山田禎一の各証言によれば、前記保育園はその建築に貢献したことを記念して右山田禎一の姓を冠した「山田保育園」と名付けられ、同園の落成式(昭和三八年一〇月一七日)にも右山田が招待を受けて参列し、市長から同人個人に対する感謝状を受けている事実ならびに同人は昭和三八年一二月に前記寄付をなしたことに基き国から紺綬褒章の授与を受けている事実を認めることができる。
以上の認定の諸事実を綜合すれば寄付金が原告会社の経理から支出されたとしても、本件寄付行為そのものの主体は前記山田禎一個人であることを認めるに十分である。
なお、甲第七号証の原告会社臨時社員総会議事録には、原告は社員総会を開き、本件寄付を行う決定をなした旨の記載があるが前掲各証拠並びに諸事実に徴すれば、右は前記の税務対策のための一連の塗装工作の一環とみることができ容易に信用することは出来ず、また、証人中川千代治、同中畑義秋、同山田禎一及び原告代表者の各供述中には原告会社の寄付であるとの供述部分もあるが、右供述部分は、いずれも措信できず、その他叙上の認定を覆すに足る証拠はない。
(二) 祝森小学校に対する寄付。
成立に争いない乙第一五ないし一七号証、証人三浦盛明(後記措信しない部分を除く)及び同中畑義秋(右同)の各証言によれば昭和三六年一二月頃前記中畑義秋は宇和島市立祝森小学校のP・T・Aの役員たる訴外三浦盛明から、同校に設備すべきテレビの寄付につき相談を受けたので、これを同人の実兄である前記山田禎一に話してテレビ一台を同校に寄贈するよう依頼したところ、同人は前記(一)同様指定寄付金としての取扱を受けるため形式的には法人名義で寄付すること相互に了解した上でこれを承諾し、その頃一七吋テレビ一台を寄贈したこと、同校備付の寄付台帳ならびに同校の学校沿革誌にはそれぞれ右テレビの寄贈者として右山田禎一の個人名義が記入されており、更に、同市に対する採納願にも同人の個人名義が記載されていることが認められる。
右事実からすると、右の寄付も前記(一)同様その金員は原告が原告自身のためではなく右山田禎一のために支出したものであつて、該寄付は同人個人の寄付であることを認めることができる。右認定に反する証人三浦盛明、同中畑義秋及び同山田禎一の各供述部分ならびに原告代表者の供述部分はたやすく信用することは出来ず、そのほか右認定を覆すに足る証拠はない。
三、そして前段(一)及び(二)における認定事実からすれば、原告の支出した本件寄付金相当の金五、〇六二、〇〇〇円については、原告はその社員たる前記山田禎一の支出すべき個人的費用を原告において負担し、同人に代つて支出したこととなり、その後、同人から右支出の金額につきなんらの弁済も受けていない事実が窺われるから、原告の本件寄付金相当の右金五、〇六二、〇〇〇円の金員の支出を右山田に対する賞与の支給と認定した被告の前記処分は適法というべきである。
そうすると被告が本件寄付金につき前記更正処分において損金計上を否認し、当該所得金額及び法人税額を前示のとおりに更正しこれに不納付加算税を付加課税したこと、及び本件寄付金相当額を前記山田禎一に対する賞与と認定し、これに対する所得税法上の源泉徴収義務に基き源泉所得税の納付を命じこれに不納付加税を付加課税したことには、何ら違法の点は認められない。
四、よつてその余の点につき判断するまでもなく、原告の被告に対する本訴請求は、すべて理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 平田勝雅 裁判官 田川雄三 裁判官 川本隆)